8/18 チェンマイ第1日

伊丹から成田、成田からバンコク、バンコクからチェンマイと飛行機を乗り継いで、初日の宿泊地チェンマイのフォーシーズンズホテル到着は午後7時10分でした(時差が2時間あるので、日本時間午後9時10分)。この日、朝4時半起きでしたので、もう眠いのですが、午後7時45分からチェンマイ総領事、大使館、JICA(独立行政法人国際協力機構)、JBIC(国際協力銀行)からブリーフ。午後8時45分からようやく夕食でした(日本時間午後10時45分)。
18日朝は、午前6時15分に自然に目が覚めました。身じたくや資料の下読みを済ませた後、午前7時40分から朝食。ホテルの朝食はお決まりのバイキングですが、食いしん坊の私には危険な食事方式です。いつも大好きなハムを主食にしてしまいますが、9日間もそんな食事を続けたら、八木中の同窓会での決心が無駄になります。この日、ハムは1枚だけ。おかゆ、ヨーグルト、野菜の朝食でした。
午前8時30分、ホテルを出て、最初の調査はメーテン病院。196万3236円が無償供与されて、病院の敷地内に96平方メートルの平屋が建設されました。この建物は今年9月以降、「HIV感染者支援センター」として講習会や生活相談会等に利用される予定です。
さて、このメーテン病院はメーテン郡ただ1つの公立病院で、敷地も広く、病棟もいくつも並んでいましたが、院長の説明では、医師は3名、看護師は50名、その他職員は80名とのことでした。私は不思議に思い、ベット数、外来患者数を質問しましたところ、56床、外来は1日200〜300人とのことです。しかし、仮に医師が1日も休まず、昼間は外来患者の診療に専念したとしても、1人の医師が1日100人の患者を診ることになります。しかも実際は、入院患者もいれば、手術等を要することも毎日のようにあるはずです。3人の医師では到底やっていけないはずです。「箱物」を援助するよりも必要なのは医師ではないでしょうか。「コンクリート」よりも「人」。
次いで訪れたのはアヌサンスントーン聾学校です。この学校には青年海外協力隊から加藤亜紀子さんが派遣されています。加藤さんは聴覚障がい児に対する発話訓練に取り組んでおられます。授業を拝見しました。タイでは、教師と子どもとの間に絶対的な地位の隔たりがあるそうです。このため、幼稚園の先生でも、子ども達と一緒に遊ぶことはないそうです。これに対して加藤さんは、子ども達に大きな声でタイ語を語りかけながら、画用紙で作った鹿の角や象の鼻、あひるのくちばし、うさぎの耳等を用意して、例えば、自ら鹿の角を着けて「フォアー」(鹿)と教え、次に子どもに角を着けさせてやる等、まさに身体全部を使って、子ども達を一所懸命に教えておられました。加藤さんの様子に感動し、頭が下がりました。
ところが、気分良くアヌサンスントーン聾学校を出たところ、昼食に向かうバスの中で,JICA所長が説明するには、加藤さんの1ヶ月の給料はわずかに410ドル(日本円で約4万8000円)とのことです。所長は「生活できます。この国の物価は安いです」と弁解しましたが、JICAの職員や外務省職員の給料、つまり自分の給料はどうでしょうか。
加藤さんはじめ青年海外協力隊の皆さんは志のために海外に赴いておられます。決してお金のためではないのですが、海外で不自由な生活を送りながら、また家族と離れて暮らしながら、私たちの国、日本の代表として活動して頂いている以上、皆様に十分な生活費を用意することは当然になすべきことです。1ヶ月410ドルはあまりにも酷いです。
昼食はチェンマイ市内のアグリホテルで、朝に続いてバイキング。「バイキングは自分との戦い」、そう言い聞かせました。アグリホテルでは、大和郡山市出身の松下万亀子さんが働いておられました。美人で聡明な女性です。
午後1時30分、国王の母からの寄付で建設された「義肢作成センター」を訪れました。ここでも日本財団からの派遣で2人の日本人、国吉晃代さんと、高橋俊潤さんが技術指導に当たっておられます。さらに、このセンターの義肢製造機材一式が無償供与されています。これに要した予算は967万8992円です。
センターの事務局長からの説明の中で「このセンターは政府から補助金を受け取っていません。寄付と預金の利子で活動資金を賄っています」とありました。そこで、私は「預金はいくらありますか?」と尋ねました。事務局長は年間予算1800〜2000万バーツ、このうち寄付は1000〜1200万バーツ、預金が2億5000万バーツあるので、利子収入は600〜800万バーツとの答えでした。2億5000万バーツ(日本円で7億8000万円)の預金を持つセンターに970万円もの無償資金供与が本当に必要でしょうか。
次いで、訪れたのは「山岳民族博物館」です。日本人シニアボランティアの協力で、少数山岳民族の生活がビデオ撮影されて、保存されています。タイの人口は6300万人、そのうち約100万人が山岳民族と呼ばれる人々です。
夕方5時、一旦ホテルに帰って少し休憩した後、午後6時、JICAの
ボランティアの皆さん方との懇談会。川沿いのレストラン「ギャラリー」という名前の、タイ料理のレストランです。川に面したバルコニーのような場所に、わらのような屋根が張ってあります。ヒラリー・クリントンも訪ねたことがあるらしいのですが、着くなり夕立。約20名のシニアボランティアや青年海外協力隊の皆さんがお越しになっており、タイの教育水準、都市計画、ゴミ等、それぞれ取り組んでおられる課程をおひとりおひとりから伺いました。
大和高田市ご出身の上嶋晴久さんにお会いしました。日本で設計や建築のお仕事をされており、奈良町や今井町の保存に携わってこられましたが、
今チェンマイで、その専門知識と経験を生かして街づくりの支援をなさっています。単身赴任とのこと。私は早くも2日目で日本を恋しがっています。頭が下がります。
ホテルに戻ったのは、午後9時50分。白眞勲議員はマッサージを受けるそうです。その他の議員は二次会へ向かいました。私は疲れたので、ホテルの部屋で「アサヒ・スーパードライ」を飲みながら、日本から持って来た浅田次郎の「月のしずく」を読みました。
【前川きよしげ本人が書いています】