交通事故についての賠償責任
2024年、交通事故によって2663人もの方々が亡くなりました。ある日、突然の交通事故によって命を落とすことはご本人にとっても、残された家族にとっても大変つらいことです。
もっとも、1959年から1975年、1998年から1995年の間、交通事故による死者数は毎年1万人を超えており(大阪万博が開催された1970年は1万6765人)、日清戦争における日本側の戦死者数(2年間で1万7282人)に匹敵したことから「交通戦争」と呼ばれていました。
その当時に比べて死者数は随分減少しましたが、それでも交通事故は年間約30万件も発生しており(2025年は29万0792件)、誰もが、いつ被害者に、あるいは加害者になるのか分かりません。
そこで、今回は、交通事故が発生した場合、誰が、被害者の損害を賠償する責任を負うのか、ご説明します。
交通事故について損害賠償責任を負う者
交通事故が発生した場合、誰が、被害者に対して、その治療費や休業損害、修理代などを賠償する責任を負うのでしょうか?
逆に言うと、交通事故の被害者になった場合、誰に対して損害賠償を請求することができるのでしょうか?
(1)〔運転者〕
もちろん、運転者は被害者に対して賠償責任を負います(民法第709条)。
(2)〔使用者〕
交通事故が仕事中に発生した場合、運転者を雇用している者(勤務している会社など)も、運転者とともに賠償責任を負います(民法第715条第1項)。雇用している者の賠償責任は「使用者責任」と呼ばれます。
(3)〔運行供用者〕
「自己のために自動車を運行の用に供する者」は、交通事故によって「他人の生命や身体が害された」場合、被害者に対して賠償責任を負います(自動車損害賠償保障法第3条)。
「自己のために自動車を運行の用に供する者」は「運行供用者」とも呼ばれますが、ザックリ言うと、その自動車の所有者です。したがって、AがBに自動車を貸したところ、Bが交通事故を起こした場合、Bだけでなく、Aも賠償責任を負います。
但し、運行供用者が賠償責任を負うのは、「他人の生命や身体が害された」場合に限られます。壊れた自動車の修理費など、いわゆる「物損」に関しては責任を負いません。
交通事故の賠償金として、保険会社が提示する金額は裁判所の基準の半分
1〔保険会社の示談提示額〕
自動車保険には、保険会社による示談代行サービスが付いていますので、交通事故が起きたなら、加害者ではなく、保険会社が被害者と折衝し、保険会社から示談書の提示を受けますが、もしも皆様方が不幸にして交通事故の被害者になってしまった場合、保険会社が提示した示談書にすぐに判子を捺さないで下さい。と言うのも、保険会社の社員は「国が認めた自賠責保険の賠償基準に基づいて、賠償金を算定しました。」と言って、示談書を示します。これを見せられた被害者は、殆どの場合、生まれて初めての交通事故に遭い、示談交渉も初めてです。ですから、○京海上とか、損保○ャパンとか、大企業の社員がまさか被害者を騙すことはないだろうと信用してしまいます。
しかし、保険会社の提示額は、同じ事故、同じ被害でも、裁判を起こせば支払われる賠償金に比べて遙かに低い金額です。ですから、冒頭「保険会社が提示した示談書にすぐに判子を捺さないで下さい。」と記しました。
①〈両眼を失明した場合〉
例えば、交通事故によって不幸にして両眼を失明した場合、後遺症1級に該当しますが、その場合の後遺症慰謝料は、保険会社(自賠責保険)の基準では1150万円です。これに対して、裁判所(大阪地裁第15民事部)の基準では2800万円です。したがって、保険会社の提示額は裁判所基準の半分以下です。
なお、ここに言う裁判所基準とは、あくまでも「基準」であって、決して「相場」ではありません。大阪や、東京など大きな地方裁判所には、交通事故に関する民事訴訟だけを扱う交通事故専門部があります。大阪地裁第15民事部はその交通事故専門部ですが、担当裁判官によって賠償額にデコボコが生じないように、賠償基準を定めて、公表しています。奈良地裁は大阪高裁の管内ですので、奈良地裁の裁判官も大阪地裁基準に従っているように思います。
なお、誤解のないように書き添えますが、交通事故によって後遺症が残った場合、後遺症慰謝料だけでなく、後遺症によって労働能力を失い、これによって得られなくなった収入(逸失利益)も賠償されます。その額に関しては、事故前の収入額と後遺症の等級毎に定められた労働能力喪失率をかけ算した金額です。労働能力喪失率は、例えば後遺症1級から3級までは100パーセント、14級は5パーセントと労働基準局通牒で定められています。
②〈死亡慰謝料〉
例えば、交通事故によって夫が、妻と子ども2人を残して死亡した場合の死亡慰謝料は、自賠責保険の基準では1350万円ですが、裁判所の基準では2800万円です。やはり保険会社の提示は裁判所基準の半分以下です。
被害者が死亡した場合も、死亡慰謝料だけでなく、その方が死亡しなかったら、働いて得たであろう所得(逸失利益)も賠償されることは、後遺症の場合と同様です。
2〔保険会社に騙されない!〕
保険会社が「騙す」と言ってしまうと、言い過ぎでしょうか? しかし、保険会社の社員は「裁判所基準だと2800万円です。したがって、あなたが裁判を起こしたら2800万円を受けと取ることができますが、当社は自賠責保険の基準に基づき、1150万円しか提案しません。」とは説明しません。 ですから、もしも皆様方が不幸にして交通事故の被害者になってしまった場合、保険会社が提示した示談書に、決してすぐ判子を捺さないで下さい。
3〔天下りのお陰?〕
私は、保険会社が、被害者に対して自賠責保険の基準で示談案を提示することをずっとおかしいと思っていました。
2012年、金融副大臣になった時、金融庁の職員に問い質しましたところ、「そうなんですか。よく調べます。」と、とぼけられてしまいました。
私が金融副大臣当時、金融庁監督局長だった遠藤俊英氏は、その後、金融庁長官に就任しましたが、退官直後、東京海上顧問へ「天下り」し、さらにはソニー損保などを傘下に置くソニーフィナンシャルグループの社長へ「渡りました」(官僚が天下りを繰り返すことを「渡り」と言います)。金融庁や国土交通省から保険会社への天下りは遠藤氏に限りませんが、枚挙に暇がありませんので、ここでは遠藤氏の例だけに留めます。このように金融庁や、自賠責保険を所管する国土交通省と保険会社とはズブズブです。その結果、保険会社が正当な賠償金を支払わなくても、監督官庁から「お咎め」を受けず、保険会社は賠償金をケチって不当な利益を得ています。被害者は、保険会社の言うまま、黙って判子を捺すと、正当な賠償金(=裁判所基準の賠償金)を得られず、その分、損をしています。ですから、私は、蟷螂の斧であることは承知の上、「交通事故の被害者になってしまった場合、保険会社が提示した示談書に、すぐ判子を捺さないで下さい。」と警鐘を鳴らし続けています。
4〔弁護士費用保険〕
自動車をお持ちの方は、交通事故の加害者になった場合のために自動車保険に加入しておられると思いますが、多くの自動車保険では「弁護士費用保険」が付帯されています。その場合、被害者になった場合も、その自動車保険から弁護士の相談料や、裁判費用などが支払われます。
但し、東京海上の弁護士費用保険は、被害額が少額の場合、使い勝手が悪いです。損保ジャパンは訴訟案件でも30時間分しか支払いませんので、「自腹を切る」場合もあります。ですから、次回、自動車保険を更新する際には、保険料だけでなく、その保険会社の「事故対応」もチェックして下さい。
もっとも、裁判を起こさなくても、弁護士が代理人として保険会社と交渉する場合、保険会社は概ね裁判所の基準に準拠して賠償金を支払います。三井住友海上のように「裁判ではないから、裁判所基準の90パーセント」と訳の分からない値切り方をする保険会社もあります。
被害者が交通事故の治療費を請求することができるのは「症状固定」まで
1〔積極損害と消極損害〕
交通事故の被害者は、加害者(ここに言う加害者とは、交通事故についての賠償責任の項でご説明した通り、運転者に限らず、使用者や運行供用者も含みます。)に対して、治療費や通院交通費、修理費など、その事故によって余儀なくされた出費(積極損害と言います)も、休業損害などその事故に遭わなければ得られていたであろう利益(消極損害と言います)も請求することができます。
2〔治療費の範囲-症状固定〕
もっとも、被害者が支出した治療費であれば、加害者、とりわけ加害者が加入する自動車保険の保険会社が全額、無制限に賠償に応じてくれる訳ではありません。
治療費についても、必要性、相当性が認められる範囲で、被害者は治療費を請求することができます。
例えば、交通事故によって手の指を切断した場合、治療を続けたとしても、再び指が生えてくる訳ではありません。このように治療を続けたとしても、それ以上の改善を望めない状態を「症状固定」と言います。被害者が治療費を請求することができるのは、原則として、症状固定までです。
3〔「むち打ち」の場合の保険会社の対応〕
被害者の症状が「むち打ち」などの神経症状の場合、交通事故から3ヶ月が過ぎたら、被害者はまだ痛くて治療を続けていても、保険会社が症状固定を理由に治療費の支払いを打ち切ることが少なくありません。
もちろん、保険会社に症状固定か否か、治療の継続が必要か、否かを判断する権限も、能力もありません。治療に関しては医師、とりわけ主治医の判断が尊重されますが、主治医の判断が最終的で、絶対的なものでもありません。法治国家である以上、最終的には(当事者間の話し合いで解決することができなければ)、いつが症状固定か、したがって、加害者はいつまでの治療費を支払う義務を負うか、裁判官が判断します。
しかし、その裁判官も医療に関しては「素人」です。被害者からすると、裁判官が間違った判断をしないためにも、「いい医者」、「親切な医者」に診てもらう必要があります。
また、もしも裁判になった場合、医療に関して「素人」の裁判官が理解できるよう専門医の鑑定意見書が必要になりますが、その鑑定費用は高額(30万円程度)です。ついては、ご自身の自動車保険に「弁護士費用保険」が付帯されているか、確認して下さい。「弁護士費用保険」が付帯されていたなら、鑑定費用も弁護士費用保険から支払われます。
経済的全損-修理費の上限は自動車の時価額
1〔請求する相手〕
交通事故についての賠償責任の項で触れた通り、交通事故の被害者は、加害者や、加害者の勤務する会社に対して、壊れた自動車の修理費も請求することができます。
交通事故についての賠償責任の項で触れた通り、「物損」に関しては自動車損害賠償保障法の適用がありません。したがって、運行供用者、ザックリ言って加害車両の所有者には請求することはできません。
2〔修理することができない場合〕
損傷が酷くて、修理が物理的に不可能な場合、被害者は被害車両の時価額を請求するほかありませんが(新車価格ではありません)、被害者にとって不満が大きいのは「経済的全損」と呼ばれるケースです。
例えば、5年前に新車価格、300万円で購入した自動車でも、5年経てば時価150万円の、あるいは時価100万円の中古車になりますが、時価100万円の中古車が大破して、その修理に150万円かかる場合、被害者に支払われる賠償金は100万円です。
すなわち、修理に必要な費用が被害車両の時価額を上回る場合を「経済的全損」と言います。「経済的全損」の場合、被害者に支払われる賠償金は、被害車両の時価額(市場価格)であって、修理費全額ではありません(最高裁判決昭和49年4月15日)。したがって、被害者があくまでも修理を希望するなら「自腹」を切らなければなりません。これはその自動車の時価額を超える修理費を支出することは合理的ではないという考え方に基づいていますが、被害者からすると「壊されたから、直してもらって当たり前」と考えて当然です。もし交通事故に遭わなければ、今もその自動車に乗り続けることができたのにとも思います。ですから、経済的全損に関するトラブルは多いです。
3〔アジャスター〕
物損事故の場合、保険会社の正社員ではなく、「アジャスター」と呼ばれる人がやって来て、修理費や時価額を「査定」します。しかし、このアジャスターも立場的には保険会社の担当者と変わりありません。アジャスターは保険会社やその子会社の社員だったり、外注の業者です。決して中立、公平な人たちではありませんし、もちろん彼らの「査定」が絶対的なものでもありません。