令和8年盛夏

 本年六月、旧奈良少年刑務所の建物を再利用した高級ホテル、「星のや奈良監獄」がオープンしました。宿泊料は一室二名で一泊、十四万七千円以上(食事代は別)とのことです。旧奈良少年刑務所は、私も司法修習生の時や参議院議員当時、何度か見学しました。赤レンガ造りの壮麗な建築です。奈良少年刑務所の前身である奈良監獄が完成したのは明治四十一年です。奈良のほか、千葉、金沢、長崎、鹿児島に建設された「五大監獄」の一つです。

 ところで、何故明治政府は刑務所のために(敢えて言えば、殆どの日本人がまだ木と紙の粗末な家に暮らしていたにもかかわらず、犯罪者らのために)、かくも豪華な建物を建設したのでしょうか。

 それは不平等条約を改正するためでした。尊皇攘夷運動の中から誕生した明治政府にとって、幕末、徳川幕府が欧米諸国と締結した不平等条約を改正することは最優先課題の一つでした。ご存知の通り、不平等条約の肝は、関税自主権がないことと、治外法権、すなわち外国人が日本国内で犯罪を犯したとしても、日本国内で、日本法に基づく処罰ができないことでですが、私は、後者の治外法権に関しては、ある意味仕方なかったと思っています。というのも、明治以前、日本に近代的な法律(今あるような憲法や民法、刑法、民事訴訟法など)はありませんでした。日本に法律がなければ、日本の裁判所で、日本法に基づく裁判は不可能です。また明治以前の「牢屋」は不衛生で、収容者の人権に対する配慮もありませんでした。明治十二年まで拷問も続いていました。ですから、欧米諸国は自国民が日本の牢屋に収容されることを拒絶しました。そこで、明治政府は、パリ大学助教授だったボアソナードら御雇外国人を高額な給料で招いて、近代的な法律を導入しようとしました。かたや牢屋に関しては、それに代わる近代的な刑務所を建設して、日本も文明国であることを世界に示そうとしました。

 その意味で奈良監獄は単なる赤レンガの文化財に留まらず、不平等条約を改正し、近代国家の仲間入りをしようと必死にもがいていた明治という時代の空気を、今日に伝える歴史遺産なのかも知れません。

 残暑お見舞い申し上げます。
 今年も厳しい暑さが続いています。どうぞご自愛下さい。

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